編集後記(2001年 7月 1日号)


【No.0446】 このコーナーは「週刊ゆたんぽ」をパクって作られています。


 特集扱いでもいいんだけど、読者諸君は知ったこっちゃないよね(笑)。

●未来は灰色

 6月限りでバイト先の店長が退職してしまいました。 もちろん店が始まって以来の混沌(カオス)状態に。 というのも、毎日毎日鮮やかなボケっぷりで編集後記でもおなじみになってしまったさん(当時 42歳)(独身)が後任の新店長なのです。 さぁ大変、厨房はいつも罵声と怒号が飛び交うぞ(笑)。

 うちのバイト生はみんな非常に優秀。 顔と名前を覚えられる前にやめてしまうガクセーなどほとんどおらず、最もキャリアの浅い岡村くんでも 10ヶ月。 4年を超えるのがオレを含めて 4人。 割と安時給なのにほとんどやめていかないのは、店の雰囲気と店長の人柄によるところが相当大きい。

 なもんだから、連鎖的にスタッフが欠けていくのを恐れなければならなかった。 3ヶ月前に退職が決まったんだけどしばらくは極秘にした。 オレと新店長でこっそり引き止め工作を仕組み、7月からの運営体制を整え、満を持して公表したのが 3週間前。 いやーいろいろしんどかった。 誤算だったのは、肝心の新店長自身が役に立たないこと(意外に暴言でもない)。

 さんが店にやってきてもうすぐ 2年になる。 早くから天然ボケの才能を開花させ(笑)、マンガみたいな失態を普通にやらかしてくれるのである。 行動を記録するだけで本ができそうなくらい。 それだけならよかったのだが、4月に店長研修に行って以来は仕事の面でも天然ぶりがひどくなった。 初めて見たよ、この歳にして退化していく人を(笑)。 失敗をしても次に改善されないようではちょっとなぁ。

 …という状況。 オチはないよ(爆笑)。 オレはしばらく店を離れない予定なので、これから当分の間は鬼コーチに徹しなきゃいけないんだろうなぁ。

●港の外は白波

 んなわけで昨日深夜、送別ミニパーティを開いた。 もちろん、というかやっぱり幹事はオレ(笑)。 さんは店長修行に忙しいし。 修行に専念してもらわなきゃ困る(笑)。

 6月下旬はずっとさんと店長の立場を逆にしていたのだ。 つまりさんは店長職、店長はサブでじっと待機(笑)。 裏の倉庫に引っ込んでもらっているので、客席と厨房でパーティの打ち合わせができた。 あれやこれやと案を練り、店長を除く全員にマル秘メールを送信する。 一人いくら出資してくれ、使い道はこれこれ、余りは飲食費に回す、とかね。

 その数分後。 焼き場でヒーヒー言いながら鶏を焼いているはずのさんからメールの返事が届いた。 ??? あっしまった、店長は裏にいるからさんのケータイを盗み見たんやな(笑)。 モロバレじゃんかコノヤロー。 しかも文面は「現金がいいです」だってさ(爆笑)。 あーつまんねー。


 幹事ったって大したことはしなかったよ。 ご都合により電話をおつなぎできないねーさんに花束の手配を会って頼み(笑)、記念品を買ってきたくらい。 岡山のビブレの地下で「ボディブレード」のばったもんを安く売っていたので、案はあったがそれを買った。 これがみんなに好評で、特に真里っぺはもう 1つ買えとうるさい(笑)。

 他にもおつかいを頼まれていたので、夕方店に寄ったらちゃんが一人で来ていた。 そりゃ付き合うしかあるめぇ。 生大を頼んだら「諭吉くん飲めるようになったんやなー」と言われた。 誰のせいや思てんねん(笑)。 衝撃告白にもひっくり返ってしまい、棚卸しを控えていたのに 3杯も飲んでしまった(笑)。 しかも家に戻ってさらに 1缶(笑)。

 深夜 2時半、集まった顔ぶれは店長の他にぽんた氏、オレ、勉蔵さん、ねーさんさん、真里っぺ新店長、岡村くんの 8人(入店順)。 あと早くに顔を出してくれたのがちゃん、則巻アラレN子さん。 うんうん来てほしい人全員だな。

 花束などを渡した後、あえていつも行く店「みむら」へ行く予定だったんだけど、退職話をするとややこしいとのことでキャンセル(笑)。 代わりに店で酒とつまみを用意しておいてパーティ形式にした。 でも棚卸しの後にごちゃごちゃした話はやめてくれ(笑)。 オーダーを店長に任せると予算を軽くオーバーした(笑)。

 とにかくパーティは楽しく終わった。 何とちゃんがケーキを届けてくれていたし。 冷酒が入った新店長はひどく壊れ、ねーさんも笑いすぎて壊れ、オレはさらに生中を 4杯追加して胃が壊れ気味。 いつものメンバーでいつものように騒ぐ、これほど楽しいことはないよなぁ。

 割とみんな悲壮感はなかった。 新店長が心配で見に来るかもしれないし(笑)、絶対どこかで会えるもんね。 事実オレは今日もコーヒーに付き合ってきたし(笑)、週末には toto で一山当てる計画を練っている(笑)。 その日が来てみれば何のことはない、ただの区切りの一日でありました。