すげー、今月もう 8回も書いてる(珍しいらしい)(笑)。
元ピッコロ奏者のオレとしては、こういう曲は何だかうれしくなってしまう。 どんなに大きな編成のオーケストラでもピッコロの音色は埋もれてしまうことはあり得ないからね。 音の個性が埋没してしまった連中の上をはしゃぎ回る、亦楽しからず哉。 オレも現役時代は他のメンバーを引き立て役としか思ってなかったもん(爆弾発言)。
作曲者: P. I. Tchaikovsky 総演奏時間: 9分31秒 楽器編成: ピッコロ 2、フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、バスーン 2、ホルン 4、コルネット 2、トランペット 2、トロンボーン 2、バストロンボーン、チューバ、ティンパニ、スネアドラム、バスドラム、シンバル、タムタム、弦 5部 ファイルサイズ: 187KB
さて、この曲はあんまり素人受けするとは思ってない(笑)。 ぶっきみ〜だもんね。 しかも 4/4 と 6/8 (正確には 12/8)が混在してわけわかんなくなることもあるかも(演奏していて)。 だから高校生レベルでは無理ねこの曲は。 その点 MIDI はエライ。
曲の中に 2回ロシア国歌が出てくるんだけどわかった? 「大序曲 1812年」を聴いた人は覚えてるかもね。 ぼーんぼんぼんぼーんぼぼーんっていうやつ(先生わかりません)(同じです)。
1876年 4月、当時オスマン・トルコの圧制下にあったバルカンの一国ブルガリアに暴動が起こった。 即ち、ここに革命委員会が生まれてトルコの支配と戦った。 しかしトルコはただちにこれを弾圧し、民族独立に立ち上がったブルガリアの多数の愛国者達が殺された。 この事件は全世界の進歩的な人々の間に強い憤りを呼び起こしたが、特に同じスラブ民族に属するロシア人の同情は深かった。 やがて、バルカン諸民族の独立運動はさらに激しく広まった。 そして 1876年夏にはセルビアとトルコの戦争となった。 そして同年秋にはロシアでも義勇軍が召集され、セルビアの独立を援助した。なげーよ(笑)。 ともかくそんな事情があって、愛国心いっぱいのハートウォーミング(誤)な作品になったようだ。 発表当時のタイトルは「スラブ民族的主題によるセルビア・ロシア行進曲」といったそうである(これもなげーよ)。 楽曲は検閲の対象にならないから、これで内面的なデモを起こすことに成功したんだと。 よくわかんないけどすごい(笑)。この事件はロシアでも大きな社会的思想的問題となり、モスクワのニコライ・ルービンシュタインは、セルビアにロシア義勇軍を送り負傷兵を救援するスラブ慈善委員会のために大音楽会を催すことになった。 そしてこの音楽会のための作曲をチャイコフスキーに依頼した。
さて、あと表だっては「交響曲第 5番」が残るのみとなりました。 スコアが異常に分厚いんだけどね(笑)。 この春にせっせと作ってい…こうかな(どっちだ)。 それにしても、これだけハイペースでリリースしてるとどこかの安物アーティストみたいだな(笑)。
会場の扉を開けたらちょうど EVE 氏が熱弁を振るっている最中だった(笑)。 オレは研究室では村上ショージ的なキャラなので(笑)、失笑ではあったが笑いをもぎ取った。 オイシイと思っている自分が情けない(笑)。
後輩たちの舵取りをしてやるのだから責任は重大である。 将来役に立つからうちのゼミに入れと勧める人、うちは楽だけど大変だと言う人(どっちだ)、うちは先生と交流が一切ないという人。 ちなみに 3番目ね(爆笑)。
「うちのゼミには欠点が何一つありません。 あるとすれば、コンパで先生が一次会(いちじかい)で帰ってしまうことです」後者はうちのひろし君ね(しかもウーロン茶)(笑)。 ひろし君の部屋は書物が生い茂ってジャングルだとか、移動するのに先生自身が苦労しているとか(爆笑)、かなりどうでもいいゼミ紹介してるな。
「いや、うちは一時間(いちじかん)です」
で、オレは何をしに来たんだっけ。